鬱になって自分と向き合った時間~30歳へのカウントダウン~【3】

心の話, 日記・戯言

2019年11月15日をもって、私さゆかなは30歳を迎えます。
ちょうど平成から令和へと移行するこの節目に人生の振り返りをしてみようと思い、このシリーズを書くことにしました。
全部で5記事の予定です。
良かったらお付き合いください。

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鬱になって自分と向き合った時間~30歳へのカウントダウン~【3】

私は2013年にうつ病を発症しました。
引っ越しや結婚の影響で再発することもありましたが、2019年に通院と服薬が終了となり
6年間の闘病生活はひとまず終了しました。

発症した原因や治療の方法、治すために取り組んだことを私なりに振り返ってみます。

発症の原因

私は2012年に、就職が決まらないまま卒業しました。
途中までは大学院志望だったので、ろくに就職活動に取り組んでいなかったので当然です。
そのあと、日雇いのバイトや行政からの支援で頑張って暮らしていましたが
就職が決まらないこと、当時行っていた派遣先でのストレス、同棲していた彼とのすれ違い、
様々な環境要因が私の心を圧迫し、ある日突然動けなくなってしまいました。

それは突然でした。
派遣先に出勤する際、乗らなくてはいけない電車に乗れなかったのです。
人がたくさん乗っていて乗れなかったわけではなく、本当に足が動きませんでした。
そしてその日から私は朝起きることができない、電車に乗ることができない、
電話するのも厳しいという状態。

これは危ないと思って、心療内科に罹ろうとしても、どこも予約がいっぱいで診察ができるのは1週間以上先。
なんとか探してその日のうちに診てくれるところを発見。
いろいろな検査の結果、私はうつ病になっているということを知りました。
まずは休息をとって、経過を見ましょうということをなりました。

当時勤めていた派遣会社は理解のある会社だったため、
傷病手当の申請や退職の手続きを、とてもわかりやすく教えてくれました。
電話が難しいなら、メールでも良いと言ってくれたのはとても助かりましたね。

治療について

私は全部で4つの心療内科に罹りましたが
どこの心療内科に行ってもやることは同じです。
定期的な通院と服薬、その繰り返しです。

最初に通った病院では、1週間のスケジュールを記入するシートが有り
通院の際は一緒にそちらも提出するスタイルでした。
ちゃんと寝ているか、食事をとっているか、などを見ていたようですが
正直、メンタルがぶっ壊れているので書かないと怒られる、という気持ちが先行して
適当に書いて提出していました。

服薬は、3人の先生はレクサプロ。
残りの1人の先生はトフラニールなど強めの薬を出され、
毎回容量を上げられそうになったので途中で怖くなって転院しました。

最後に通った病院の先生はとても優しい先生でした。
毎回お話は最後まで聞いてくれますし、どう考えているか不安なところはどこか
きちんとカルテに記入して同じことは聞かない、信頼できる先生でした。
減薬もきちんとスケジュールを組んで取り組んでくれたので解脱症状も少なく服薬を終えることができました。

治すために取り組んだこと

これは私がうつ病になった時に実際に取り組んだ内容です。
うつは、右肩上がりには治りません。
良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、徐々に回復に向かうのです。

ステージ1

うつになった直後は、とにかく身体が動きません。
布団から起き上がる、ご飯を食べる、お風呂に入る(最悪シャワーだけでも)、排泄する
本当にこの繰り返しでした。
何かしなくちゃと思っても、全く動けないのです。
情けなくて涙もいっぱい出てきますが、止めることもできません。
1週間位はこれを繰り返します。

ステージ2

だんだんと起きていられる時間が長くなってきたら
アニメ、ゲーム、映画、ドラマ、読書何でもいいのであまり頭を使わないでできる趣味をやってみましょう。
そして生きるために、寝る、食べる、遊ぶを繰り返します。
何やってるんだろうと思うかもしれませんが、これが精神的な「命を守る行動」です。
うつになってしまった時点で、自分の生命はレッドゾーンなのです。
そこから回復するためには、簡単に自分の気持ちを満たせること
すなわち、食べる、寝る、遊ぶが大切なのです。
この頃は昼夜逆転にしてしまっても大丈夫です。

ステージ3

食べる、寝る、遊ぶのループから、少しずつ外に出たいという欲が出てきます。
その欲が芽生え始めたら、まずは簡単にお散歩してみましょう。
いきなり人と合うのはやはりハードルが高いです。
まずは公園や神社まで散歩してみたり、近くのコンビニまで買い物に行ってみたり、簡単な外出から始めましょう。

最初の頃は、私も外出したらどっと疲れてしまってそのあと2日間は家で休んでいました。
丸一日の外出ができるようになるには相当な時間が必要です。

ステージ4

外出できる回数が増えてきたと感じたら、次は人との交流です。
両親でも、仕事仲間でも、友人でも気兼ねなく話せそうな人と交流してみてください。
最初は、LINEやメール、電話など直接の接触がない方法で。
おそらく、これだけでも結構疲れると思います。
慣れてきたら、実際にあってお茶をしたり、買い物したりしてみましょう。

重要なのは、疲れを感じたらすぐ切り上げて帰ること。
そこで無理をすると悪化してしまいます。
最初の頃は疲れやすい自分に落ち込むかもしれませんが、これはうつによるダメージです。
落ち込む必要はありません。
むしろ落ち込みを感じるくらい回復したことを祝いましょう。

ステージ5

人に定期的に会えるようになってきたら、再就職の機会です。
就職活動をしてみたり、アルバイトを始めてみたり、
あるいはスキルアップのために勉強を始めるのも良いと思います。
自分の状態と相談して、一歩一歩進んで行くのが大事です。

私はいきなり週五日で働くのは厳しいと感じたので、まずはアルバイトからスタートしました。
働きながらも、自分の心の波に素直になり、体調が悪いと感じたらすぐに休むようにしました。
ステージ3~5はかなり変動しやすいです。
元気良く働ける時期もあれば、まったく動けない時期もあります。
自分の体との相談が、うつからの回復にもっとも重要な時間だと私は感じました。

うつと一緒に生きていく

私の通院は終わりましたが、うつはまだ身体に残っています。
いつ再発して働けなくなるのか、という不安は常にありますが、
ここ一年は割と元気に過ごせているので、今の環境は肌にあっているのかもしれません。

うつは季節によっても変動があります。
冬季型うつという病があるように、日照時間が短くなる冬季はそもそも人間の活動は停滞します。
うつ病になったことでより変化に敏感になったと考えてください。

私はうつ病になったことで、いままで自分を過信しすぎていた、あるいは痛めつけてきたことを深く反省しました。
人間の体はそんなに強くありません。そして人によって違います。
あの人はできるのに、どうして自分はできないのか。
それはあの人と自分は違う人間だからです。
自分の調子は自分で保つ。
それができることで、私の人生は次のステップに進むのだと思います。