最高で最低な大学生活~30歳へのカウントダウン~【2】

心の話

2019年11月15日をもって、私さゆかなは30歳を迎えます。
ちょうど平成から令和へと移行するこの節目に人生の振り返りをしてみようと思い、このシリーズを書くことにしました。
全部で5記事の予定です。
良かったらお付き合いください。

1つ目の記事はこちら

スポンサーリンク

最高で最低な大学生活~30歳へのカウントダウン~【2】

私が大学に入ったのは2008年のことです。
当時、母親に一人暮らしを勧められた私は生まれ育った静岡県からお隣の愛知県に引っ越しました。

最初は戸惑い、寂しさに暮れながらも徐々に一人暮らしの自由を謳歌していました。
私は初めて与えられた自由に浮かれていました。

初めての友達とのご飯
初めてのお泊り会
初めての徹夜麻雀
初めての恋人
初めてのSEX

なんでも楽しんで、堕落した生活を送っていたと思います。。
もう人生の最高の思い出と最低の思い出、両方を味わいました。

しかし、自由には責任が伴います。
私はこの大学四年間を最高で最低な4年間だったと思っています。

お金の使い方と稼ぎ方を知らなかった

以前も書きましたが、私は浪費家です。
高校生まではお小遣い制でしたが、大学生になれば自分でアルバイトをして稼いだお金を使うことができます。
私は欲しい物を欲しいときに欲しいだけ買うような生活をしていました。
ギリギリの生活でも浪費、なくなれば親がなんとかしてくれる。
そんな風に甘えて、お金の使い方も稼ぎ方もろくに勉強せずに大学生活を終えてしまいました。

もっとお金について学ぶことができたはずなのに、私はその機会を逃し
そのまま大人になってしまったが故に、今でも生活に苦労しているのは本当に悔やまれます。

世の中にはわかり会えない人が存在する

私が大学時代に最も打ち込んだことといえば部活動です。
大学には様々な年齢や環境の人が所属していてそれは、とても刺激的なことでした。
いろいろな人の価値観、倫理観、好奇心旺盛な私はそういったものを特に好みましたが、同時に気がついたことがありました。
それは、わかり会えない人の存在です。

人間が性善説・性悪説で分けられるとしたら、私はどちらかといえば性善説よりでした。
ですが、大学時代にどれだけ言葉を尽くしても、どれだけ信頼に応えても、
私とは根本的に分かりあえない人と出会いました。

彼女と私は同じ部活に所属していましたが
言葉知りの捉え方、歪んだ言葉の解釈、心理的背景の邪推、全く理解できませんでした。

最初のうちは話が通じず、何度も傷つきました。
失った友人も多くいます。
彼女とは連絡も取れなくなってしまいました。
分かりあえない人もいる、ということを理解したのは大きな経験だったと思います。

依存は案外かんたんに成立する

一人暮らしをしてわかったのですが、私はとても寂しがり屋です。
そして浪費家であることも含め、とても怠惰な性格。
一人ででいることが好きなのに、寂しくなったら人を求める面倒な性格です。

初めてできた恋人、気の合う友人。
私は簡単に人に依存し、ヒステリックになっていきました。

人との距離の詰め方が下手だったのかもしれません。
一度ヒステリックを起こすと、落ち着kまでにかなり時間を要しました。
そのために必要な仕事を行えないことも多くありました。

私は、人を求め、人に求められることで自分を確立しようとして、壊れてしまいました。
人への依存をやめるには、かなりの労力と時間を費やしましたが
今ではこの苦い経験が、私を支えてくれています。

最高で最低な大学生活

今回は苦い経験ばかり羅列しましたが、もちろん楽しい思い出や貴重な経験もたくさんあります。
親元を離れたことで知った両親の偉大さや私の甘さ、
初めて自分で稼いだお給料を手にしたときの達成感。
それらすべてを含めて、最高で最低な大学生活だったと思います。

大学生の自分に戻ることはできませんが、この後悔も抱えて大人になっていきます。

心の話

Posted by sayukana