ゆとり世代と呼ばれた子どもだった私へ~30歳へのカウントダウン~【1】

心の話

2019年11月15日をもって、私さゆかなは30歳を迎えます。
ちょうど平成から令和へと移行するこの節目に人生の振り返りをしてみようと思い、このシリーズを書くことにしました。
全部で5記事の予定です。
良かったらお付き合いください。

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ゆとり世代と呼ばれた子どもだった私へ~30歳へのカウントダウン~【1】

ゆとり教育の影響

私は、平成1年生まれ。
いわゆる「ゆとり世代」です。

当時は教育の改革がはじまり、従来型の相対評価による詰め込み型教育から絶対評価によるゆとり教育へ移行していました。
教育だけを重視する現場から、少しずつ生徒の個性にも注目が広がっていったのです。

私の小学校は4年生以上から強制的にクラブ活動に参加することになっており、その時間は土曜日の午前中が当てられていました。
しかし、ゆとり教育の改革により土曜日の登校は毎週から隔週へ、隔週から無しへと変わっていきました。
代わりに木曜日の遅い時間にクラブ活動の時間が当てられるようになりました。

個人的な気持ちから言えば、クラブ活動をするために登校する土曜日を楽しみにしていたので急に休みになってしまって少し悲しかったのを覚えています。
ですが、その反面土日休みの両親と過ごす時間が増え、車で2時間程度の祖父母宅へ遊びに行く回数も多くなっていました。

ゆとり教育になっておそらく一番変わったのが成績評価でしょう。
相対評価の場合、5段階評価のうち5をつけるのは何人まで、と決まっていたので自然とボーダーを付けなくてはいけませんでした。
しかし絶対評価になると、生徒一人ひとりの個性に合わせた採点ができます。
実際に教師のみなさんがそこまで細かく気にして評価をつけていたかはわかりませんが、生徒一人ひとりとのエピソードを成績に反映できるようにはなったのではないでしょうか。
少なくとも私は自分の成績をそんなふうに感じていました。

ゆとり世代と呼ばれ始めた

さて、渦中の私はあまり気にしていませんでしたが次第に自分たちが「ゆとり世代」と呼ばれていることに気づき始めます。
しかもあまり良い意味ではありませんでした。
成績が良くないだの、甘やかされて育っただの、しつけがなっていないだの
いろいろなことを言われていました。

それが顕著になってくるのは、高校生から大学生のときだったでしょうか。
大人からの目に触れる機会が増えるに連れ、嫌でも聞こえてきてしまいました。
大きな被害を受けたわけではないのですが、やはり悔しかったですね。
生まれた年代から、世代ごとまとめて馬鹿にされているようで腹が立ちましたし、反論も聞いてもらえないような風潮でした。

若者が事件を起こせば「ゆとり」だから…と世代まるごと否定されるような日々を送るにつれて私の自信が失われていくのを感じました。
そうか、私はだめな世代なんだ…
私たちは失敗なんだ…
何やってもうまく行かないんだ…

自然と自信は失われていきました。

理不尽な物言いに傷ついた経験

そもそも、自分で選んで「ゆとり教育」を選択したわけではないのです。
「ゆとり教育」と「詰め込み教育」どっちがいい?と聞かれて、「ゆとり教育」を選択したならまだしも我々には選択権すらなかったわけですから。
もっと言ってしまえば、我々にゆとり教育を受けるような政策を決定させたのは非難している大人たちなのです。

もっとも理不尽だと思ったのは、初めて就職した企業で言われた言葉です。
今思えば完全なブラック企業なのですが、新人である私にろくな指導もせず一人で仕事をさせ
ミスをすれば全力で咎められました。
人格を否定するような言葉、人間性を疑うような暴言。
そういった言葉が飛び交う中で社員が放った言葉が「ゆとりだから」でした。

そんなの「ゆとり」かどうかなど関係ない。
ミスしたことを責められるのならば分かるけど、ゆとり世代だからという理由で怒られるのは本当に理解できませんでした。

こういった経験を繰り返すうちに、私の中で諦めと開き直りが同時に生まれました。
「どうせ何をやってもだめなら、もう何も頑張りたくない…」
私は努力することをやめて、遊びに流される道を選択しました。

しかし、人並みの努力もせず開き直って遊んでいるような生活は長くは続きません。
貯金もできず、仕事も続かず、ついにはうつ病まで発病する始末。
本当に何をやってもうまくいかない、私なんてダメダメなんだ…
いないほうが良いのかもしれない…死んだほうがマシ…
そんな風に考えていました。

変わるきっかけをくれた同世代の活躍

そこから変わるきっかけをくれたのは、活躍する同世代でした。
大好きな野球で活躍する田中将大選手や
震災にも負けず輝き続ける羽生結弦選手。
特に同い年であるテニスプレイヤーの錦織圭選手や、俳優の岡田将生さん、YouTuberのHIKAKINさんは大きな支えとなりました。

私たちと同じ世代に生まれ、ゆとり教育を受けても活躍する人がいる。
腐ってきた私とは違い、生まれや世代なんて関係なく努力する人がいる。
それは一筋の光となって、落ち込んでいた私を照らしてくれました。

ゆとり世代と呼ばれ傷ついた私へ

今でも色々悩んで腐ることもりますが、「ゆとり世代」だしと諦めることはなくなりました。
同じように「ゆとり世代」というだけで馬鹿にしてくる人のことを気にするのをやめました。
そういう一面からでしか見られない人の評価を得ることより、今まで生きてきた私を見てくれる人と付き合えばいい。

「ゆとり世代」と言われ、世間によるいわれのない誹謗中傷に晒されてきた私は、
同じ「ゆとり世代」によって救われ、いまを生きています。
傷つけられてきた世代だからこそ、下の世代には優しくできるし、理不尽な言葉に立ち向かうことができる。
私たちはもっと世界を変えられると思う。

ゆとり世代がゆとりのある世界を作る。
私はそれを信じています。

心の話

Posted by sayukana